スパスムの発生と橈骨動脈径
@ 橈骨動脈にはスパスムが起こる
これまでの大腿動脈、上腕動脈アプローチでは、シース抜去時にスパスムのため抜けなくなる事は、全くありませんでした。しかしTRAでは、時に橈骨動脈スパスムのためシースが抜けなくなることがあります。
最近、心臓血管外科のバイバス手術に動脈グラフトを多用しますが、その1つに橈骨動脈を利用するのがあります。彼らは橈骨動脈を切り出しグラフトとして繋ぐまでに、スパスム防止のためにヘルベッサー溶液を潅流させるなどの工夫をしています。また、バイバス術後にも繋いだバイパスにスパスムが起こるそうで、術後には冠拡張剤が欠かせないそうです。このように橈骨動脈にはスパスムが起きやすいようです。私は、カナダのTRIライブでモントリオールのバルボー先生が示された”Radial
Artery Stripping"という写真を見ました。スパスムが起こって抜けなくなったシースを無理やり引き抜いて、橈骨動脈がシースと一緒に”ズルっと抜けてきた”という衝撃の橈骨動脈写真です。驚きました。
中には橈骨動脈の血管径が小さい患者もいて、そこに血管径より大きなシースを無理矢理挿入することで、物理的に血管が過度に伸展させられシース抜去が困難な場合もあるかと思います。このことは、本来の意味での血管スパスムではありませんが、ここではこれも含めた広義の意味でのスパスムということにします。
現在までのところ、橈骨動脈アプローチに関する論文はいくつもあり、スパスム発生率も2-6%程度のようですが、どの論文にも”スパスムが起きた”とカウントした定義は書いてありません。即ち、術者が”スパスムが起きた”と思ったらスパスム発生なのです。客観的な定義を用いた論文は今のところないようです。
A 橈骨動脈スパスムの発生率とLearning Curve
TRAには、穿刺成功率とスパスム発生率とにLearning
Curveが存在します。TRAを開始して100例ごとに区切って穿刺の成功率とスパスム発生率を記録してゆけば、穿刺成功率は徐々に上がり、スパスム発生率は徐々に下がります。当院の経験では、おおよそ500例も経験すれば、穿刺成功率は95%程度に、スパスム発生率(6Fr.使用)は3〜4%に、収束して行くものと思われます。
その理由はなぜでしょうか?“術者の慣れ”が最も考えられますが、慣れた施設では新米の術者でも最初からそこそこの良い穿刺率を出せます。すなわち、“慣れたカテ室の空気”がそうさせるようです。
B 橈骨動脈径
日本人の橈骨動脈径については”橈骨動脈の解剖”の項目でも書いていますが、いくつかの文献を統合すれば、男性2.5-3.5mm、女性2.2-3.0mmですが、それぞれの測定法(上腕動脈から順行性に造影剤を流すか、橈骨動脈末梢から逆行性に流すか。造影するか、エコーで測るか。橈骨動脈のどこを測るか)は千差万別です。
橈骨動脈径を予測する因子としては、身長、体重、体表面積などの体格因子が考えられますが、当院の研究では実際にはこれらと橈骨動脈径にはゆるやかな相関はあるのですが、体格因子から橈骨動脈を予測できるほどのきっちりした相関ではありません。特に橈骨動脈スパスムや慢性期の閉塞などにつながると思われる小さい橈骨動脈径の人を体格因子だけから予測することは不可能です。術前に橈骨動脈径を知りたければ、低侵襲の経皮的エコーが一番良いでしょう。
C スパスム発生率に関与する因子
当院での研究では、橈骨動脈径/シース外径比が110%以上(橈骨動脈径がシース外径の1.1倍以上ある例)ではほとんどスパスムは起きません。逆に90%以下では高率に(25%)スパスムが起こっています。5Fr.:2.3mm、6Fr.:2.50mmのシース外径に対して、患者の橈骨動脈径がその90%以下なら高率にスパスムが発生し、逆に110%以上の径ならスパスムはほとんどなしということです。
欧米人は日本人より橈骨動脈が太いことから、ほとんどが6Fr.のシース外径(2.5mm)に対して110%以上の群に入ってしまうためにスパスム発生率が低いのだと思います。
日本人の体格は随分大きくなりましたが、我々が対象としている患者さんのうち女性の平均年齢68才で、平均身長148cmしかありません。スパスム発生を少しでも避けようと思えば、術前の経皮的エコーにて橈骨動脈径を確認するのがベストでしょう。
当院の研究では、女性、低身長、橈骨動脈径が小さいなどがスパスムを起こしやすい因子だと考えられましたが、冠動脈リスクファクターなども全部含めて、多変量ロジスチック回帰による独立関与因子の検定を行ったところ、橈骨動脈径のみがp=0.001の有意な独立した関与因子であることがわかりました。これは、橈骨動脈径が大きいほどスパスム発生率は小さいと解釈できます。また、他の性差や身長、体重などの因子は、橈骨動脈径を修飾している因子にすぎず、独立してはスパスムの発生に関与していないということです。
ただし、糖尿病も慢性期の橈骨動脈狭窄や閉塞には独立した因子として関与しているという論文もあります。