スリットシースを使ったスパスム緩和と有効性
@ スリットシースの使用法
TRAが終了し、シースを抜去しようとした時に抵抗を感じて無理に引くと患者さんが痛がることがあります。橈骨動脈のスパスムによるシース抜去困難例です。この時、スリットシースを使用していると以下のようなスパスム緩和方法があります。
1,スパスムが無いかどうかシースを1〜2cm引いて試してみます。
2,スパスムを確認したら、シリンジにニトログリセリン(ミリスロール)を3〜4ml取り、シースのフラッシュラインから2mlだけ(注1)注入し、そのままシリンジはフラッシュラインから離さず付けておきます。(注2)
3、スパウター(注3)をシースにそっと挿入します(注4)。
4,スパウターを装着したら、シースのフラッシュラインから残りのニトログリセリンをゆっくり注入します。この時シース壁のスリットが開き、ニトログリセリンが橈骨動脈内膜に作用します。患者さんの腕には灼熱感があります。
5,この後再びシースを引いてみて、抵抗が減弱しているのを確認し、シースを抜去します。
(注1)初めに2mlだけ注入すると、フラッシュラインとシースの内腔がすべてニトログリセリンで満たされます。
(注2)一旦シリンジを外してしまうと、再び装着した時にエアーを引き込む可能性があるので、シリンジは付けたままの方がベターです。
(注3)スパウターはシースセットとは別に用意されています。
(注4)この時シース内腔に溜まっていたニトログリセリンの大部分はシース先端から押しだされてしまいますが、一部はスパウターとシース壁のスペースに残ります。この後、このスペースに対してさらにニトログリセリンで圧力を加えることにより、スリットが開き、スペースに残っていたものと、さらに加えたニトログリセリンがシースの外に出てゆきます。
A スリットシースの禁忌
”スパスムがない時には今までのシースと同じ使い方ができて、スパスムが起こった時にその力を発揮する”と言えば、良いことばかりに聞こえますが、ただ1つだけ今までのシースにはなかった禁忌事項があります。
それは、”シースにカテーテルが入ったまま薬液をフラッシュラインから入れること”です。これをすると、シースの先端ではなくスリットから薬液が橈骨動脈に作用します。例えば、患者血圧低下のためノルアドレナリンを急遽入れることになった時、シースのフラッシュラインから入れてしまえば、橈骨動脈に作用してしまいスパスムを誘発することがあります。これだけは気をつけて下さい。
B ニトログリセリン注入による血圧低下は?
ニトログリセリンは普段の診療では持続点滴として用いるのがほとんどで、このようにワンショットで動脈に注入することはありません。そこで気になるのが血圧低下の問題です。当院ではこの方法で50例以上のスパスム緩和経験がありますが、血圧低下は20~30mmHg程度で、しかも一過性です。ニトログリセリンの半減期は2〜3分で、効果はすぐなくなります。実際にニトログリセリンを使用した後、シースのフラッシュラインから動脈圧をモニターすればわかりますが、2〜3分で血圧は元に戻ってきます。
C スリットシースの有効性
スリットシースのスパスム緩和効果に関する当院での自験例です。(ただし、まだ論文にはなっていません)
<目的>橈骨動脈アプローチ(TRA)終了時に起こるシース抜去困難時に、スリットシースを用いたスパスム緩和効果を考察する。
<方法>6Fr.TRA終了後、シースにバネばかりを付けて 抜去する方向に引く。300g以下の引力でシースが滑り出す場合をスパスムなし、または緩和例とし、300gの引力でももシースが動かない場合をスパスム発生例と定義する。
スパスム発生例を無作為に3群に分け、以下の方法でスパスム緩和を試みた。
A群:シース先端を閉塞するスパウター(spouter)を用いてシースのスリット部分よりNTG(ニトログリセリン)を直接橈骨動脈に作用させた群。
B群:同じくスパウターを用いて生食を直接橈骨動脈に作用させた群。
C群:スパウターを用いずに従来のシースと同じようにシースの先端からNTGを作用させた群。
<結果>TRA684例中28例(4.1%)に上記の定義によるスパスムが発生した。
A群のスパスム緩和率は9/9例(100%)、B群は4/10例(40%)、C群は1/9例(11%)であった(P<0.001)。
スパスムが緩和できなかったB群残り6例、C群残り8例については、その後A群の方法を施行し、すべて緩和できた。
以上の結果を考察するに、C群は従来のシースと同じように、シースの先端からNTGを作用させたが、11%にしかスパスム軽減効果がなかった。逆にA群はこのページで示したスリットシースによるスパスム緩和(ニトログリセリン使用)を施行した群で、この群では100%でシースを引く張力が300g未満になった。最終的にはB群、C群で緩和できなかった14例を含めた23例全例でスパスム軽減効果があった。
注目すべきはB群で、この群ではスリットから直接橈骨動脈に生食を作用させた。この群でも40%にスパスム軽減効果があったということは、スパスムが起こった橈骨動脈とシースの間が”ドライ”になっていて、この隙間に生食を作用させ、”湿らせるだけで”摩擦が減ってシースが抜去しやすくなると考えられる。
以下は余談ですが、スパスム発生例(300g以上でもシースが動かなかった)のうち、スパスム緩和後にシースがスルスル抜ける”劇的緩和例 "は、実は初めに一回生食を橈骨動脈に作用させたあと、さらにもう一回ニトログリセリンを作用させた例でした。橈骨動脈とシースの間をまず”湿らせて”からニトログリセリンを作用させた方が良いのかもしれません。
また、親水性コーティングシースを使用しスパスムに遭遇した経験がありますが、シース抜去の抵抗はほとんど変わりませんでした。やはりスパスムが起こるとドライになっているので、親水性コーティングは役に立たないのかもしれません。